塩を使った歯磨きは、日本だけでなく、実は世界各地で古くから行われてきた口腔ケアの習慣の一つです。歯ブラシや歯磨き粉が普及する以前の時代、人々は身近にある自然の素材を利用して口の中を清潔に保とうとしてきました。その中で、塩は比較的手に入りやすく、また、何らかの浄化作用や薬効があると信じられていたため、口腔衛生の手段として広く用いられてきた歴史があります。例えば、古代インドの伝統医学であるアーユルヴェーダにおいても、塩やハーブを用いた口腔ケアが記述されています。また、中東地域やアフリカの一部地域では、ミスワク(あるいはシвак)と呼ばれる木の枝を使った歯磨きの習慣があり、これに塩を併用することもあったと言われています。ヨーロッパでも、中世頃には塩や炭、あるいは布などで歯を擦るという記録が残っています。これらの地域や時代において、塩が歯磨きに用いられた理由としては、日本と同様に、塩の持つ殺菌・抗菌作用への期待、歯茎の引き締め効果への期待、そして研磨による汚れ除去の効果などが考えられます。また、宗教的な浄化の意味合いや、口臭予防といった目的もあったかもしれません。しかし、現代においては、科学技術の進歩とともに、より効果的で安全なオーラルケア製品が開発され、広く普及しています。フッ素配合の歯磨き粉、様々な機能を持つ歯ブラシ、デンタルフロス、歯間ブラシ、マウスウォッシュなど、口腔内の健康を維持・増進するための選択肢は格段に増えました。そのため、かつては主要な歯磨き手段の一つであった塩も、現代の多くの国々では、その役割を終え、日常的な歯磨き方法としては主流ではなくなっています。ただし、一部の地域や文化圏においては、依然として伝統的な方法として塩を用いた口腔ケアが続けられている場合もあります。また、近年では、自然派志向の高まりから、化学物質を避けたいと考える人々が、再び塩などの自然素材を用いたケアに関心を持つ動きも見られます。しかし、そのような場合でも、現代の歯科医学的な知見に基づき、塩での歯磨きが持つリスク(エナメル質の摩耗、歯肉への刺激など)を十分に理解した上で、あくまで補助的なものとして、あるいは特別な場合の選択肢として慎重に取り入れる必要があるでしょう。